fuutaのブログ

中年のオジサンが廃線巡りを中心とした、放浪記。

9月1日


新学期が始まるこの日、数年前、一人の少女がこの地で命を断った。いろんな事情があったのだろうが、心の奥底は彼女本人しか分からす、その彼女も、もういない。

私もいろいろと考えるが、この日に、この地を訪れ、安らかに眠ってくれと、手を合わせるだけだ。

国鉄最後の日から35年

35年前のこの日、私はこの場所にいた。
幸いにも、民営化最期の日に国鉄乗り放題という「謝恩フリー切符」を手に入れ、東京をめざしました。
 しかし、全国の「フリー切符」入手者が鉄道に殺到し、新幹線車内も座席に座ることもままらないすし詰め状態に…
なんとか京都まで(4時間以上立ちっぱなし)行きつき、しばし観光の後、時刻表とにらめっこして、方針転換。
「国鉄➡️JR跨ぎ」をしようと、小倉に戻り、そこから門司港駅に。
午後8時頃門司港駅に着いて、午後10時過ぎに出発(始発)する急行「かいもん」に乗ることができました。
1時間前位から列にならんでいたので、座る事ができましたが、小倉、博多と大きい駅に着くたびに、これでもか?というくらいの人が乗り込み、トイレに行けなかった思い出があります。
そうしたなか、4月1日を向かえる前に、車内アナウンスがあり「国鉄最期の列車に御乗車していただきありがとうございます。間もなく午前零時を向かえます。」みたいな内容で車掌さんが語りかけました。
隣の車内からカウントダウンの声が聞こえたり、私の車内では、「国鉄万歳」「JR万歳」とか乗客の皆さんが万歳したりしてました。
「あ~一つの時代が終わるんだ」てな想いで私も万歳してたな。独特な雰囲気の中、熊本駅に着いたのは午前2時頃だったかな?
 結局お土産を買ってこなかったので、母から何しに行ってきたの?と呆れられました。


 その時、乗車記念の硬券をもらいましたが、大切にしすぎて、何処かにいってしまいました。

阿蘇駅は、阿蘇の観光拠点

先日、用件があり久し振りに阿蘇駅に行ってきました。少し高地にあるためか、桜はまだでした。右の建物は、道の駅、真ん中が物産館、左手が駅舎となります。道の駅には、サイクリング者向けの更衣室がありました。

こちらが駅舎。駅舎内には観光案内所があり、観光情報を仕入れることができます。
また、レンタルサイクルも用意されています。
駅前は、バス乗場があり、山上向けのバスに乗ることができます。
鉄道、レンタルサイクル、バス、タクシー、道の駅、観光案内所などが整備された「観光の拠点」のような駅でした。

駅舎を背中に、阿蘇中岳を望みます。中央にうっすら火口からの煙が見えます。

阿蘇から北に向かうと、杖立温泉(小国町)や黒川温泉(南小国町)があり、旅の疲れを癒すことができます。
あ、駅の近くには内牧温泉(阿蘇市)もあります。

丁度列車が来ました。電化されていないので気動車です。
熊本地震の影響でしばらく(4年4か月間)阿蘇駅を通る豊肥線は、不通となっていましたが、様々な人々の努力で開通しました。
列車を利用する人あっての駅であり、列車でもあります。
我が町を通る肥薩線の1日も早い復旧を祈るばかりです。

で、駅前の広場には、ウソップ像が…
人が多く、なかなか、私の順番に回らず。

1体で寂しそうだったので、帰りの道路沿いに
サンジ(益城町)

ついでにブルック(御船町)も撮影してきました。